最も安い札を、そのまま選ばないことがある

公共工事の発注者が開札に立ち会うとき、頭の片隅にいつも置いている不安があります。最も安い金額を書いた会社が、その金額で本当にこの工事を最後までやり切れるのか、という不安です。安さは発注者にとってありがたい話に見えますが、度を越して安い札は、下請へのしわ寄せや手抜き、工期の破綻といった形で、結局は発注者の側へ跳ね返ってきかねません。だからこそ国の契約には、最も安い札をそのまま落札とせず、いったん立ち止まって調べる仕組みが用意されています。これが低入札価格調査制度です。入札に出る側からは「精一杯安く入れたのに、なぜか落札の返事が来ない」と見える場面の、発注者側の事情がここにあります。

入札の原則は「最も安い札」

まず土台を確かめておきます。国の各機関が競争入札で工事などの相手方を決めるとき、原則は決まっています。予定価格の制限の範囲内で、最も低い価格をもって申込みをした者を契約の相手方とする、というのが会計法の定めです(会計法第29条の6第1項本文)。つまり、予定価格という上限に収まっている札のなかで、いちばん安い札を入れた会社が相手方になる、というのが出発点です。

この原則だけを見れば、価格を下げるほど有利になります。けれど、同じ条文の後ろには例外が置かれています。ここを知らないまま最安だけを狙うと、思わぬところで足を取られます。

本文の図解

「安すぎる札」には例外が置かれている

会計法第29条の6第1項のただし書は、こう続きます。相手方となるべき者の申込みに係る価格によっては、その者により契約の内容に適合した履行がされないおそれがあると認められるとき(または、その者と契約を締結することが公正な取引の秩序を乱すこととなるおそれがあって著しく不適当と認められるとき)は、予定価格の制限の範囲内で申込みをした他の者のうち、最も低い価格の者を相手方とすることができる、と。

かみくだくと、最も安い札であっても、その金額ではきちんと仕上げられないおそれがあると判断されたときには、発注者はその会社を飛ばして、次に安い会社を選ぶことができる、ということです。最も安い札であることと、落札できることは、同じではないのです。この例外を実際に動かすための手続が、低入札価格調査制度です。

どの工事が対象になるのか

もっとも、すべての契約でこの調査が行われるわけではありません。対象となるのは、予定価格が1000万円を超える工事または製造その他についての請負契約とされています(予算決算及び会計令第84条)。各省各庁の長が財務大臣と協議して、1000万円を超える金額を別に定めている場合は、その金額が基準になります。小さな契約まで一律に調べるのではなく、一定以上の規模の請負契約に絞って運用される仕組みだ、と押さえておけば十分です。

「基準」と「調査」という二段構え

制度は二段構えになっています。

一段目は基準づくりです。各省各庁の長は、会計法のただし書に当たるかどうか——つまり、その価格では契約の内容に適合した履行がされないこととなるおそれがあると認められるかどうか——を判断するための基準を、あらかじめ作成することになっています(予算決算及び会計令第85条)。入札に出る側がしばしば耳にする「調査基準価格」は、この基準にあたる価格だと考えてよいでしょう。

二段目が調査です。開札の結果、ある会社の札がこの基準に該当することとなったときは、発注者はその会社によって契約の内容に適合した履行がされないおそれがあるかどうかについて調査しなければならない、とされています(予算決算及び会計令第86条第1項)。ここは「できる」ではなく「しなければならない」です。基準を割り込む札が出れば、発注者の側に調べる義務が生じるのです。

さらに、その調査の結果、履行されないおそれがあると認めたときは、発注者は調査の結果と自分の意見を記した書面を契約審査委員に提出し、その意見を求めなければならない、と続きます(予算決算及び会計令第86条第2項)。安すぎる札を落札から外すかどうかは、担当者ひとりの判断で決まるのではなく、所定の手続を踏んで判断される、ということです。

低い札を入れた側に起きること

この仕組みを入札に出る側から見ると、見え方が変わります。基準となる価格を下回る札を入れても、その場で失格になるわけではありません。調査を経て、その金額でもきちんと履行できると認められれば、そのまま落札に至ることもあります。下回ったら即アウト、ではないのです。

ただし、下回れば調査が入ります。私がこれまで立ち会ってきた案件では、調査に入ると、その金額で請け負える根拠——人工や資材の見込み、下請への支払いの手当て——をどう考えているのかについて、会社の側に説明を求める流れになっていました。価格を攻めた分だけ、その裏づけを示す手間が増える、と私は受け止めています。調査が入る案件では、落札者が決まるまでに普段より時間がかかります。調査という一手間が法律上義務づけられている以上、当然のことだと考えておくべきです。

札を詰める前に、下限を確かめる

ここまでを踏まえて、私が現場でおすすめしているのは単純なことです。価格を詰め始める前に、その案件の公告や入札説明書で、低入札価格調査の対象になる案件かどうか、調査基準価格の仕組みがどう示されているかを、一度確かめておくことです。下限の線を知らずに最安だけを狙うのは、見えない段差に向かって走るようなものだからです。そして、基準を下回る札を入れると決めたなら、積算の裏づけをいつでも示せるように、見積りの根拠を手元で整えておく。そこまで備えておけば、調査が入っても慌てずに済みます。

――この記事は、公共入札の支援に取り組む株式会社Kuwana代表の桑名敏次が書きました。中小の建設会社が制度の段差でつまずかずに済むよう、実務の目線でお伝えしています。

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